ブルガリア現地時間
Български (ブルガリア語)
<< トップページに戻る  | 交流年2009 | 日・ブルガリア外交関係再開50周年とは
 

竹田大使ご挨拶

パルヴァノフ大統領祝賀メッセージ

「日・ブルガリア外交関係再開50周年」とは

イベントスケジュール

交流年認定事業申請

お問い合せ

リンク

日・ブルガリア外交関係再開50周年とは

我が国とブルガリアの国家間の外交関係の樹立は1927年通商航海に関する公文が交換されたときにさかのぼります。1939年にはソフィアに日本の公使館を設置、蜂谷輝雄が初代公使として着任、一方ブルガリアは42年に東京に公使館を開設、文学者ヤンコ・ペエフが初代公使として日本の地を踏んでいます。両国の外交関係は先の大戦で一旦中断されますが、1959年「外交関係再開に関する公文」を交換、60年には両国の特命全権公使がそれぞれ着任しました。

 2009年は「外交関係再開に関する公文」を交換して丁度50年にあたります。 日・ブルガリアは互いに「高い水準のユニークな文化を培ってきた歴史ある国」とのイメージを抱いてきました。外交関係の一時的中断や冷戦など、日・ブルガリア関係の歩んだ道は平坦ではありませんでしたが、両国には常に互いの文化の熱心な理解者、交流の橋を架ける努力をする方々がいました。彼らの活動は独特なものとして両市民に強い印象を与え、現在の相互理解と尊敬の土壌となっています。2009年が政治・経済・文化・社会の幅広い分野でこれまでの両国の良好な外交関係を寿ぎ、また今後の更なる発展に向け関係者が議論を高めるきっかけとなれば幸いです。在ブルガリア日本大使館では関係者の皆様とのご協力のもと様々の周年事業を実施する予定です。

ブルガリアの地を踏んだ最初の日本人
独立戦争を見守った日本人

1877年、陸軍少佐山澤静吾は、露土戦争プレーヴェン戦線の露軍に観戦武官として従軍していましたが、ロシア軍が苦しい防衛戦を強いられているのを見て、思わずロシア兵とともに闘い、後にこの功績によってロシア皇帝から勲章を授けられた、との記録が残っています。


20世紀初頭の日本の文学者:徳富蘆花

1906年、当時既に小説「不如帰」(1898)で日本内外に知られていた日本の文学者徳富蘆花は、尊敬するロシアの文豪トルストイに面会すべく、トルコからブルガリア、ルーマニア経由で陸路ロシアに入りました。蘆花はこの旅の印象を紀行文としてつづっています。「不如帰」は「なみこ」という題でブルガリア語にも翻訳され、好評を博しました。