6つの丘からなるブルガリア第2の都市プロヴディフ-歴史保存地区-

2006年4月広報文化班館員

 プロヴディフは、ソフィアから車で南東へ約1時間半、ブルガリア中南部に位置するブルガリア第2の都市です。トラキヤ平原の中心に位置し、マリッツァ川中流沿岸に連なる6つの丘に囲まれたこの美しい町には、季節を問わず、国内外からの観光客が絶えません。

 町の旧市街地には、ローマ円形劇場やその他のトラキヤ及びローマ時代の貴重な歴史的文化遺産が多く残り、ブルガリアのルネッサンス期(18世紀後半~19世紀後半)の木造屋敷が立ち並んでいます。この美しい景観そして貴重な文化財を多く包含するプロヴディフ歴史保存地区が、ユネスコ文化遺産として登録される日も遠くないと言われています。

 そのプロヴディフ歴史地区で、現在「ユネスコ文化遺産保存日本信託基金」というユネスコを通じた日本政府の文化遺産保護支援プロジェクトが進行中で、損傷がひどくその改修・修復が急務となっているブルガリア復興期の木造屋敷7軒が日本の支援により修復過程にあります。そのため、在ブルガリア日本大使館で文化広報を担当する私も、休暇とは別に、何度か、時に大使と共に、プロジェクトの現場を視察するためこのプロヴディフ旧市街地を訪れました。

 今回は、この美しいプロヴディフ歴史保存地区とそこで進行中の貴重な文化遺産である木造家屋の修復プロジェクトの様子をご紹介したいと思います。

 プロヴディフの旧市街地は、3つの丘で成り立っているために起伏に富み、道の多くは玉石で敷き詰められています。また19世紀後半のブルガリアの民族復興期に、町の裕福な商人によって建てられた木造の大きなお屋敷が数多く残っていて(その多くは国の文化財に指定されています)、散歩をしながら、石の重みと木のぬくもりとが織り出す豊かな情緒を楽しむことが出来ます。ただし、この玉石小道では、歩きやすいスニーカーで散策に臨まないと大変な目に遭うので注意。

この情緒豊かな歴史地区にあるブルガリア復興期の木造家屋は、当時の生活を図り知ることが出来る貴重な文化財であり、またブルガリア国民が大変誇りとしている重要な意義を持つ文化遺産です。それにも関わらず、体制変換以降の混乱や財政危機などの理由により、これら家屋の中には老朽化が激しく崩壊寸前のものや、崩壊寸前とは行かなくとも緊急に雨漏りや基礎部分の補強、壁画の修復作業が必要となっているものが多く存在します。

そこで、その文化財の保存・修復を強く願うブルガリアICOMOSや日本ICOMOS、その他の関係機関の熱心な働きかけの結果、2003年8月、ユネスコの松浦事務局長とブルガリアの外務大臣との間で、ユネスコ文化遺産保存日本信託基金により、ユネスコがプロヴディフ旧市街地の歴史的建造物の修復・保存のために約100万ドルの財政支援を行うとする合意文書が署名されたのです。

合意文書が署名されてからも様々な困難はありましたが、現在、ユネスコ、ブルガリア政府、そして何よりも自分の国・町の文化遺産を守りたいという強い願いを持つプロヴディフ市、ブルガリアICOMOSの人々、そして実際に修復作業に携わる建築家・修復の専門家の皆さんが一丸となり、石井昭・日本ICOMOS前委員長やその他の日本からの専門家の皆さんと緊密な協力体制を維持しつつ、このプロジェクトを着々と進めてくださっています。

日本信託基金の財政支援により修復過程にあるのは次の7軒の家屋ですが、その中でも最も老朽化が激しいのが①アレクサンドラ・バヤトヴァ邸と⑤ゲオルギ・キリアンティ邸です。

①アレクサンドラ・バヤトヴァ邸及びエフドキヤ・バカロヴァ邸
② ディミタル・ゲオルギアディ邸
③ニコラ・ネドコヴィッチ邸
④ゲオルギ・キリアンディ邸
⑤ステファン・ヒンドリヤン邸
⑥フィリボス・ニハニャン邸
⑦ヴェレン・スタンボリヤン邸

これらの家屋の修復作業が完全に完了するのは2008年の予定です。今から2年後には、この劣化の激しい家々が、日本政府の支援により、19世紀当時の生き生きとした姿に生まれ変わっているはずです。プロヴディフ旧市街地に再び美しい姿を現すであろう修復後の家屋をご紹介できる日を楽しみに待ちつつ、折に触れ、修復作業の過程をここでご紹介していきたいと思います。

 ブルガリアに来られる機会があれば、是非このブルガリアの京都ともいえるプロヴディフに足を伸ばされ、2年後の姿を想像されながら、現在修復過程にあるこれらの家々を眺めてみてください。