
日本友の会懇談会における小泉大使レクチャー
安倍政権の基本政策と今後の展望
2013年7月2日(火)19:00~
Ⅰ 総論
我が国では、昨年末の総選挙による国民の審判を経て、第二次安倍政権が発足しました。現在、安倍政権は、発足後半年が経過しましたが、60%以上の支持率を維持し、国民からの強い信任と期待が寄せられています。そこで、本日は、日本と深い関わりをお持ちの皆様に、安倍政権の基本政策と半年間の成果、そして今後の展望について、お話をしたいと思います。安倍総理大臣にとっては、5年3ヶ月ぶりの政権復帰で、戦後、政権を失った総理大臣が帰り咲いたのは、1948年の第2次吉田内閣以来、2人目です。前回は、病のため、わずか1年で政権を去った安倍総理ですが、本年1月の所信表明演説では、「日本の未来を脅かしている数々の危機」を突破するために、世界一を目指して、国民とともに邁進する、と、強い決意を表明しました。そして、「数々の危機」として、東日本大震災後の復興への危機に加え、以下の3つを挙げました。まず第一に,経済の危機です。デフレと円高の泥沼から抜け出せず、五十兆円とも言われる莫大な国民の所得と産業の競争力が失われ、どれだけ真面目に働いても暮らしが良くならない、日本経済の危機です。第二に,外交・安全保障の危機です。外交政策の基軸が揺らぎ、その足元を見透かすかのように、我が国固有の領土・領海・領空や主権に対する挑発が続く、外交・安全保障の危機です。そして、第三に教育の危機です。国の未来を担う子どもたちの中で陰湿ないじめが相次ぎ、この国の歴史や伝統への誇りを失い、世界に伍していくべき学力の低下が危惧される、教育の危機です。総理は,日本の未来をおびやかしているこうした数々の危機を突破し、「額に汗して働けば必ず報われ、未来に夢と希望を抱くことのできる真っ当な世界を築く」ことを掲げました。
そこで、日本のマスコミにより「危機突破内閣」とも呼ばれる安倍政権の基本方針や今後の展望について、今述べた3つの危機への取り組み、すなわち「経済の再生」「外交・安全保障の再生」及び「教育の再生」に焦点を当て、紹介をさせて頂きます。
Ⅱ. 経済の再生
1.基本方針
安倍政権では,「強い経済の再生なくして,財政の再建も,日本の将来もない」との観点から,「経済の再生」を経済政策の基本方針としています。そして,そのための具体的方策として,「3本の矢」という3つの政策を掲げ,実施しています。
「3本の矢」の1つ目の政策は金融政策です。ご存じのとおり,日本は長い間デフレと円高が続いてきました。デフレにより労働賃金は一向に上がらず,また,円高により,多くの生産拠点が日本国外に移されて産業の空洞化が生じていました。こうした状況は単に国民生活の向上の阻害要因となるだけでなく,格差社会が拡大する要因ともなってきました。こうした状況を打開するために,2%の物価上昇を目標として,市場への資金供給量を2年間で倍増させるという大胆な金融緩和政策を実施しています。
2つ目の政策は財政政策です。景気を底上げするために積極的な財政出動を行っています。例えば,平成24年度の補正予算により実施されることとなった設備投資補助金というものがあります。円高やエネルギー価格の上昇により日本国外に生産拠点を移そうと考えている企業に対して補助金を支給することで,企業が日本国内で設備投資を行い,雇用を創出するような環境を整備することを目的としています。6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」においても,設備投資減税の導入を目指すことが明記されました。
3つ目の政策は成長戦略です。成長戦略は,「挑戦:チャレンジ」,「海外展開:オープン」,「創造:イノベーション」の3つのキーワードからなります。
まず「挑戦:チャレンジ」とは,現状を変えるための挑戦です。そのために女性や若者といった人材を今以上に活用するための制度改革を行ったり,新しい産業創出に挑戦できるような環境を整えることを目指します。
次に,「海外展開:オープン」は,日本の世界における競争力向上を目指す取り組みです。このために,安倍政権では,TPP交渉や日EU・EPA交渉をはじめとする経済連携交渉を積極的に進めていく予定です。また,6月14日に閣議決定された「日本再興戦略」では,日本の主要都市をロンドンやニューヨーク並みの世界都市とするために,様々な規制緩和を行うことを目指しています。この他に,安倍総理自身の積極的な外国訪問を通じて日本の火力発電所や原子力発電所,最先端の医療技術,農産品などのトップセールスを展開しています。
最後の「創造:イノベーション」は,日本経済を再生させるための新たな成長産業を生み出すアプローチです。健康長寿,エネルギー,インフラ,地域活性化といった分野において,それぞれ「あるべき社会像」を考え,その実現に向けてどのような政策が必要かを検討しています。
2.半年間の成果
安倍政権のこうした政策は,徐々にではありますが,着実に成果が現れています。6月13日に内閣府が発表した月例経済報告では,輸出が持ち直しはじめ,長い間減少傾向が続いていた設備投資も下げ止まりつつあるとされています。また,雇用情勢は,未だ厳しさが残っていますが,改善傾向にあり,個人消費も持ち直しているとされています。
長く円高基調にあった為替相場は,「アベノミクス」公表後は急速に円安に変化し,1ドル80円程度であった相場は100円を超えるまでになりました。他方,最近,円相場が若干乱高下していますが,これは,日本や米国を中心とする各国の金融緩和政策でだぶついたお金を利用してヘッジファンドが暴走していることが原因であるとの指摘もあります。また,株価についても,日経平均価格が8,000円台であったのが,一時は1万5,000円を超えるまでになりました。一方,円相場が乱高下する中で5月や6月には株価が大幅に急落するという事態に至ったこともありました。
3.今後の展望
経済政策の効果はすぐに現れるわけではありません。財政政策の説明の中で述べました設備投資支援策も,投資減税の仕組みは今後作られることとなりましたが,実際に景気の好循環がいつ生まれるかは今の段階では予測できません。また,世界経済がますますボーダレスとなる中,その時々の世界の政治・経済情勢も大きな影響を与えます。欧州債務問題の今後の展開,米国経済や中国をはじめとする新興国や資源国の経済の行く末も,今後の日本経済に大きな影響を与えるでしょう。
しかしながら,全体として,日本経済は順調に回復への道筋をたどっていると思われます。金融市場もこうした実体経済の前向きな動きを反映して,次第に落ち着きを取り戻していくと予想されています。
安倍総理は5月に行った「成長戦略第2弾スピーチ」において,「『行動』なくして,『成長』なし」,また,「どんな分野も,『大胆に投資』した企業は勝ち,『中途半端』な企業は負ける」と発言しています。官民挙げての大胆で積極的な取り組みこそが,今後の日本企業の発展と日本経済の再生に繋がるものと思います。
Ⅲ.外交・安全保障の再生
1.基本方針
第二の基本方針は,「外交・安全保障の再生」です。具体的には,「信頼のある日米同盟関係を取り戻し、「国益を守る、主張する外交」を展開すること。国民の生命・財産・領土・領海・領空を断固として守り抜くため、国家安全保障会議の設置に向けて取り組むほか、国境離島の適切な振興・管理、領海警備の強化等を図ること。」というのがその内容です。
安倍総理は2月に開催された通常国会において行った施政方針演説において,外交・安全保障に関しては,「戦略的な外交」,「普遍的価値を重視する外交」,国益を守る「主張する外交」が基本であると述べました。その基本原則の下に,日米同盟が基軸であり,北朝鮮の核に関わる懸念や拉致問題の解決に向けて全力を尽くすとともに,尖閣諸島が日本固有の領土である点を強調しました。一方で,中国,韓国,ロシアとの二国間関係の重要性についても述べました。また,緊密な日米関係を基軸として,豪州やインド,ASEAN諸国などの海洋アジア国家との連携を深めていくこと,更に,G8や日本で開催される第5回アフリカ開発会議などの国際的枠組みを通じ世界の大国にふさわしい責任を果たしていくことを表明しました。
2.半年間の成果
安倍総理は,就任後半年で12ヶ国を訪れています。1月にはベトナム,タイ,インドネシアのASEAN諸国,2月には米国,4月末にはロシアや中東諸国,6月には英国北アイルランドにおけるG8サミットに出席し,前後にポーランド,アイルランド,英国を訪問するなど,積極的な外交を展開しています。
まず総理就任後初の外国訪問として,1月にベトナム,タイ及びインドネシアの東南アジア3カ国を公式訪問し,二国間関係,日・ASEAN関係,国際・地域情勢について首脳会談を行いましたが,日本と東南アジア諸国との連携を強化するという点,本年「日・ASEAN友好協力40周年」を迎える中,日・ASEAN間のパートナーシップを強化する基調を構築できたという点で大きな意義があったと考えられます。
2月には米国を訪問し,日米同盟を基軸として緊密な日米関係を維持しつつ,幅広い分野での日米間協力を推し進めていく点について表明しました。米軍再編については,両首脳は普天間飛行場の移設及び嘉手納基地以南の土地の返還計画を早期に進めていくことで一致しました。また,日米の焦点の一つであったTPP関係では,両首脳間で,「聖域なき関税撤廃」が前提ではない点が確認され,我が国におけるTPP交渉参加の是非についての議論を一歩前に進めたと考えられます。
4月には日本の総理として10年ぶりにロシアを公式訪問した安倍総理は,プーチン大統領と安全保障,平和条約交渉,国際情勢,経済,文化・人的交流等幅広い分野について意見交換を行いました。今回の総理訪問は,今後の日露関係に新たな長期的方向性を与えるものになったと考えられます。
中国に関しては,対中外交が厳しさを増す中,中国側に対して戦略的互恵関係の原点に立ち戻り,事態をエスカレートさせないよう強く自制を求めています。対話を重視しつつ,アジア太平洋地域の責任ある民主主義国家として,引き続き地域の平和と繁栄に貢献していく基本方針には変わりありません。さらに,成長戦略に関して海外展開の重要性を強調し,ロシアや中東訪問にはビジネス団も同行しました。6月初旬に行われた第5回アフリカ開発会議では,民間セクター主導による成長の重要性を反映しアフリカ首脳と民間企業の代表が直接対話を行う機会が初めて設けられました。このように首相自ら産業の牽引役としての役割を務めており,積極的な経済外交を展開しています。アジア諸国との関係強化も積極的に行っており,これまでにベトナム,モンゴル,ミャンマーなどの国々も訪問しました。
欧州との関係では,安倍総理は6月中旬の英国北アイルランドにおけるG8出席の際にポーランド,アイルランドも訪問,欧州重視の姿勢を示しています。また,4月に日EU経済連携協定(EPA)交渉の第1回会合が開催されました。本協定の締結により日本と欧州の経済関係の拡大・強化や貿易の促進が期待されており,締結に向け,今後の交渉の進展が期待されます。
3.今後の展望
安倍政権は今後とも積極的な外交を展開していく予定です。とりわけ,インフラ輸出と資源確保に関するトップセールスについては,毎年10件以上実施することが6月14日の閣議で決定されました。。
Ⅳ.教育の再生
1.基本方針
安倍総理は、内閣発足後発表した基本方針の中で、「人づくりは、国づくり。日本の将来を担う子供たちは国の一番の宝である。」と述べ、子供たちの命と未来を守るため、道徳教育の徹底を始め、統合的ないじめ対策を進めるとともに、公教育の最終責任者たる国が責任を果たせるよう改革を行うなど、教育再生に取り組むことを約束しました。
2.半年間の成果
本年1月には、内閣総理大臣、内閣官房長官及び文部科学大臣兼教育再生担当大臣並びに有識者により構成される「教育再生実行会議」が発足し、21世紀の日本にふさわしい教育体制を構築し、教育の再生を実行に移していくため、内閣の最重要課題の一つとして教育改革を推進することが決定されました。
これまでに9回開催された教育再生実行会議では、現時点で3つの提言がまとめられました。第一次提言では、いじめ問題への対応について、第二次提言では、教育委員会制度の在り方について、第三次提言では、これからの大学教育の在り方についてまとめています。
いじめについては、国の未来を担う子供達の中で陰湿ないじめが相次ぎ、世界に伍していくべき学力の低下などが危惧されているとして、①道徳の教科化、②いじめ対策の法制化、③体罰根絶のための部活動指導ガイドラインの制定などを謳いました。
教育委員会制度の在り方については、子供達が「夢」を実現する意思を持って、自分たちの道を歩んでいけるよう手助けするため、国は学力と規範意識を身につける機会を保証する責任があるとして、①地方教育行政の権限と責任の明確化、②国、都道府県、市町村の役割の明確化、③地域住民の意向の適切な反映を謳いました。
これからの大学教育の在り方については、個人の能力の最大限引き出し、一人一人が国家社会の形成者として社会に貢献し責任を果たしながら自己実現を果たし、より良い人生を生きられる手立てを提供するという教育の機能が十分果たせるよう、教育を集大成し、社会につなぐ大学の役割が重要であるとして、①グローバル化への対応、②教養教育の充実、③地域活性化の取り組みなどを謳いました。
3.今後の展望
現在、我が国において非常に大きな課題となっている高校と大学の接続及び大学入試の在り方について議論がなされています。我が国において、大学入試の在り方は、大学教育、初等中等教育の双方にも与える影響が大きい為、大学入試に過度にエネルギーを集中せざるを得ないことが、我が国の教育の問題点であると考えられるからです。これまでの入試の在り方が大きく変更される可能性も示唆されており、議論の行方が注目されます。
我が国の国際競争力は、1990年の世界1位から、今や24位となってしまいました。我が国の潜在力発揮のためにも、子どもたちの能力を最大限引き出し、これからの時代に求められる力を育成し、世界トップレベルの学力、規範意識、そして歴史や文化を尊重する態度を育むことが強く期待されています。
Ⅴ. 結語
こうした重要な政策を掲げた安倍総理は、「ロケットスタート」と宣言して外遊や国会の集中審議など過密スケジュールをこなしてきました。半年の間に数多くのポジティブな変化をもたらした同総理ですが、まだ発足半年であり、これからの手腕が問われます。
安倍総理が6月19日にロンドンのギルドホールで行った経済政策に関する講演でこのように述べています。「総理の就任以来,私は毎月4回ある週末のうち,一回は津波に襲われた被災地の視察へ行くのに当てています。1回は,日本の可能性を探るため,他の地方へ行くのに使います。さらに一回は,プレスの取材に応じたり,いろいろな人の意見を聞いたりするために使い,残る1回で外国訪問をこなしてきました。」総理がすべての週末をこのように使っているとは知りませんでした。このようなことは,強い政治的意思と責任感がなければできないでしょう。そして最後に「勇敢で,果断な判断,実行こそが,苦境を乗り越える唯一の選択でしょう。」と述べています。
安倍政権の下、私を含め国民一人一人が、「強い日本」の実現に向け尽力することが、期待されています。そして,「強い日本」が再現することは,日本とブルガリアの関係においてもより良い結果をもたらすものを信じます。